研究内容

逆問題

基礎理論

私の初めての発表論文が1)で思い出深い論文です.当時の私は30半ばですので研究者としては相当遅いスタートでした(土木学会での発表も経験なかった).論文というよりは解説記事に近い内容でKalman Filterと最小二乗法の関係について例題を通して説明し,確率論の立場からの逆問題(逆解析)を解説しています.学生に勉強させるには手頃でEXCELレベルで例題を追っていくことができます.その後,2) 3) 4)と逆問題に関連した論文を書いており,2) 3)が逆問題(逆解析)と信頼性評価の融合というその後の研究(SMCSを用いた条件付き信頼性評価)につながっています.2)では簡単な弾性床上の梁の問題を例として逆問題と信頼性評価の融合やモデル化誤差からの観測量誤差への変換などが議論されています.4)では観測点配置の問題も扱っています.最適観測点配置といっても目的によって最適な位置が異なります.モデル全体の不確定性(情報エントロピー)を減らしたい場合,観測情報により更新されたモデルによる推定結果の不確定性を減らしたい場合,について例題を通して最適な観測点位置を議論しています.6)は一般化逆行列の理論を非線形に拡張し,事前情報によって決まるモデルパラメタ空間と観測情報から決まる空間を分けてそれぞれの基底を定める方法を提案しています.

観測情報によって更新されたモデルパラメタ(逆問題)の信頼性(パラメタの共分散行列)を評価する場合,モデルパラメタの数をできる限り少なくした方が誤差の標準偏差が小さくなります.地盤などのモデルの場合は層区分を少なくした方が,つまり極端な例としては均質にした場合が一番信頼性が高くなってしまい,それに基づく推定結果も信頼性が高いことになってしまいます.これは明らかに感覚にはあいません.この問題を理解するには論文6)のようなモデルパラメタ空間の基底による解釈が必要で,こうしたモデルの細かさと信頼性の関係の議論を行ったのが論文7)です.論文10)は観測量誤差のレベルもモデルパラメタとともに推定する方法を議論しています.論文2)でも述べていますが,モデル化誤差は観測量誤差として現れることになりますが,それを精密に求めていくことは困難です.そこで観測誤差も逆問題として観測事実と整合するように解く方法を議論しました.論文19)ではモデルパラメタの基底という立場から事前情報の意味について再考し,より柔軟性のある事前情報の与え方について示しました.その数値解析例も示す予定でしたがある事情により,数値計算例は全て省くこととなり式だけの非常に不自然な論文となってしまいました.

適用例(モデル推定,損傷推定,ヘルスモニタリング,他)

論文9)では津波記録から震源の断層変位分布を推定しています.私は津波そのものについては専門知識がありませんが逆問題の立場から目的関数の構築方法,最小化,モデル化誤差の推定(文献10))の方法の部分を担当しました.

地震などによる構造物の応答を観測して剛性分布を推定し,剛性の小さな部分を損傷と考える損傷推定が多くの研究者により試みられています.あまり論文にはしていませんが,シンポジウムでの発表や講座記事執筆などを行ってきました.論文としては上記基礎理論をベースとして交通振動を用いた橋梁の損傷推定について25) 29) 41)で発表しています.また,14) 18)においてモンテカルロフィルタ(粒子フィルタ,SMCSなど様々な呼び方がある.Data assimilationなどとも呼ばれる)を用いて振動中の剛性や減衰の変化を求めようという試みをしました.数値シミュレーションとしては面白いのですが,実問題への適用を考えるとあまり振動中の動特性の変化を求めても実用的ではないのでその後あまり進めていません.しかし,手法自体は観測情報で更新されたモデルによる信頼性評価の研究(次項参照)につながり大変有意義でした.

MCSに基づく信頼性評価,確率論的安全評価 (PSA, Probabilistic Safety Assessment)

MCS(Monte Carlo Simulation)を用いた損傷確率算定は,大学に移籍する前(東電設計 1982-2005)に実務で取り組みそれなりに工夫もしていたのですが,ほとんど論文発表は行っていませんでした.最初の発表論文は17)であり,損傷確率算定を危険度曲線と損傷度曲線の算定に分けて考え,限界地震指標の考え方を用いて損傷度曲線を効率的に求める方法を示しています.論文16)ではケーソン堤の滑動破壊モードを対象として,20)では鋼製橋脚の地震に対する損傷を対象として,同様の手法で確率算定を行っています.

論文21)では乱数の代わりに超一様分布列を用いて損傷確率を算定する試みも行ってみました.いわば「次元の呪い」を回避できる数値積分とも言える方法と思います.しかし,私がターゲットにしている損傷度曲線算定では数十から数百のサンプル(積分点)で求めることを想定しており,そうした問題において通常の乱数を用いたMCSに対しては十分に優位性が確認されたのですが,ラテン方格法(LHS法)に対しては同程度の精度だったので,その後は単純で使いやすいLHS法を用いています.

上記のような検討を踏まえて地震時斜面の損傷確率を求めたのが論文23)です.電力施設の安全性評価で用いられている方法を踏襲した限界状態の評価法に加え,すべり量によって規定された限界状態(動的FEM+Newmark法)に対する損傷確率の算定までを行っており,SPSA(地震時確率的安定性評価)としてほぼ必要な項目は網羅された方法(地震動の位相のばらつきやモデル化誤差を除けば)となっていると考えています.

MCSを効率化する方法として重要度サンプリング(加重サンプリング)がありますが,サンプリング密度関数をどのように定めるかが難しい問題です.徐々に自動的に重要な領域にサンプルを集中していく方法としてSubset法があります.2002年にCaltech(米国,カリフォルニア工科大学)のBeck,Auによって開発された方法であり,本分野研究者の注目を集めました.その適用性を探ってみたのが論文24)です.優れた方法だとは思うのですが,パラメタ設定に経験が必要なようです.2010年.6月,Au先生が東京都市大学に来られたときに「Subset法はFool Safeの方法ではない」と経験に基づくチューニングが必要であることを述べており,問題ごとにある程度の工夫が必要なようです.Au先生は現在(2011.8)City University of Hong Kongの准教授ですが,2011年1月から5月まで本研究室の特別研究員として滞在予定です.

2007年頃より,観測情報によって更新されたモデルの信頼性評価に取り組み始めました.前記の「逆問題」でも述べましたが,論文2) 3) 4)では平均値周りの一次近似によって信頼性評価を行っていたのですが,それをモンテカルロ手法であるSMCS(Sequential Monte Carlo Simulation,Monte Carlo Filter,粒子フィルタ,Particle Filter, Recursive MCS, など呼び方は多数.論文14) 18)では損傷同定への適用を議論)を用いて正確に確率を算定してみようと考えました.論文32)では一通りの定式化を示して例題を用いて解説した後,RC構造物の塩害劣化を対象として計算例を示しています.SMCSでは退化(degeneracy, impoverishment)と呼ばれる精度が劣化する問題があります.それを緩和する方法としてMPF(Merging Particle Filter)という方法が統計数理研究所のグループにより提案されています.精度劣化の程度と有効サンプル数の関係やMPFの適用性を論じているのが論文33)です.結論として,ⅰ)精度劣化は有効サンプル数で予測可能,ⅱ)MPFは損傷確率算定ではバイアスが生じる場合がある(適用は難しい),を挙げました.算定された確率への退化の影響の緩和については新たな工夫が必要なようです.

共同研究者の秋山先生が文献37)でSMCSの耐震問題への適用例を発表しています.今後は適用例,実測データを用いた検討例を増やしていきたいと思っています.

 

LCCに基づく性能設計,アセットマネジメント

取り組んできたLCC評価の特徴は地震や劣化によるリスクを考慮している点で,最初の論文は12) 13)です.文献12)ではRC構造物が塩害劣化によって地震リスクが増大することを定量化し,最適な点検間隔の評価を試みました.文献13)では発電所の放水路を対象としてLCC最小化の観点から最適な耐震性安全性レベルを議論しました.基本的な考え方はこの2編の論文と同様ですが,適用をいくつかの構造物に対して行いました.主要論文としてリストにはあげていませんが,以下のような適用例があります.

上記の赤石沢他(2002)は地震リスクを考慮したLCCより耐震補強順位を議論したものですが,この考え方を橋梁に発展させ,なおかつ劣化も考慮した検討を行ったのが文献22)です.また,文献30)では高速道路盛土を対象として地震リスクを評価し,LCC最小化の観点から最適な耐震性レベルを議論しました.

こうした研究は確率評価や影響度評価などの要素技術を統合するもので個々の手法は既に実用レベルに至っていると思うのですが,残された重要な課題は実態を反映したモデル構築,被害の影響度の定量化であり,実際の様々データを保有しているグループとの共同研究が必須と考えています.

MPS法に基づく地震時応答解析

2007-2008年頃から取り組んでいるテーマです.それ以前は有限要素法を用いた研究として,文献11)の3次元の斜面の地震安定性,文献23)の遺伝的アルゴリズムGAを用いたクリティカルな滑り線の探索などのテーマに関わっていました.斜面の地震時崩壊実験やその数値解析の経験を通じて個別要素法(DEM)にも興味を持ち,その発展形と位置付けることができるMPS法に興味を持ちました.Moving Particle Simulation, もともとはSemi-implicitの略でMPSでしたが,弾性体解析ではSemi-implicitではなくexplicitに解いていることからSimulationのSの方がよいと開発者の越塚先生がおっしゃっていました.MPS法は数学的に波動方程式を離散化している方法ですが,結果としてDEMを拡張したような定式化となっています.SPH法とともに粒子法として分類され類似の方法とみなされる傾向がありますが,その特性はずいぶん異なるものと思っています.SPH法は応力,ひずみの分布を用いて定式化がされており有限要素法からメッシュの制約がなくなったような方法であるのに対して,MPS法は波動方程式を満たすようにDEMの鉛直,せん断ばねに体積ばねというべき項を加えた方法ということができると思います(随分乱暴な表現でお叱りを受けるかもしれませんが).研究を始めた当初,斜面の崩壊解析に早く取り組みたかったため,プログラム作成後検証もそこそこにいきなり破壊現象に取り組みました.しかし,次々とよくわからない挙動を示し解釈に苦労したため,急げばまわれと弾性波動解析に戻り基本事項を確認することにしました.波動伝播の精度を確認する作業と並行して,MPS法のための粒子型レーリー減衰や粘性境界の定式化を行いました.MPS法でもレーリー減衰や粘性境界を考慮した2次元FEMによる応答解析結果とほぼ同様の結果が得られることを確認し,こうした波動伝播の精度や定式化をまとめて論文34)として発表しました.MPS法はDEMと同様に計算時間が問題になることが多く,時間刻みを適切に設定することが効率的な計算にとって重要であるため,粒子半径,弾性波速度,減衰比から時間刻みを推定する式の検討を行い論文35)で発表しました.その後,破壊現象に取り組み,その結果を39)としてまとめました.応力―ひずみ関係に関する構成式に基づき非線形挙動を表すことが有限要素法などで長年試みられ,多くの成功を収めてきました.それに対して論文39)ではせん断ばねを滑らす,鉛直ばねを切る,というDEMで用いられてきた単純な操作で非線形挙動,破壊挙動を表そうとしています.応力,ひずみは無限小の概念(微分)に基づく考え方であり,斜面の崩壊現象のようにいたるところ微小なクラック(不連続)が生じそれが成長して破断面につながり崩壊する現象にはDEM的発想の方が相性が良いと感じたためです.

MPS法に限らず崩壊現象など強非線形の問題ではAleatory(自然現象が本来持つ予測困難な不確定性)と思われるカオス的な不確定性が現れます.コンパイラーなど計算環境を変えただけでも解析結果が変化します.こうした性質について論文40) 43)で数値計算や実験結果を示して論じています.

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